【NHKエンタープライズ 岡内秀明インタビュー】

和久井大城 TEAM SATAとコラボ

−現在のお仕事についての内容を教えていただけますでしょうか。

テレビ番組を作る仕事をしています。特に最近では、美術番組を作ることが多いので、美術にあまり関心のない方にも美術番組をどのようにして見てもらうかを意識しながら作っています。ディレクターという立ち位置ですが、具体的な仕事内容は、まず番組を企画し、十分な取材を重ねた後に撮影に挑みます。そして編集し、放送まで備えるという、企画から放送までの全行程に責任を持って仕事をしています。

−番組の企画をされているNHKのディレクターは何人ほどいらっしゃいますか。

NHKの職員だけでなく、テレビ制作のプロダクションを含めますと、ディレクターは沢山います。しかしすぐに企画が採用されるわけではありません。例えば、企画募集があるときには、相当な分厚い束になるのですが、その中でもほんのわずかしか採用されません。もちろん長い期間制作する特別番組と言われるような番組以外にも、レギュラーでやっている定時番組の枠の中でも、どのような番組をやるか常に企画を出し合います。

−番組の企画を作る時に、一番大事にしておられることは何でしょうか。

企画を作るにあたって、必ずと言っていいほど「今なぜそのテーマを番組としてやるのか」という企画への問いを突破するための大きな壁が立ちはだかります。ドキュメンタリーの場合、とある事象や人物の行動には必ず動きが存在しており、のちに誰しも予想外の苦労をするという出来事を乗り越えた後で、成功に向かっていく過程を描けるかどうか、ということを大事にしています。

−今の仕事にお就きになったきっかけを教えていただけますか。

父親が長く入院をしていて、私はずっと介護をしながらテレビを見ていました。ずっと見ているうちに、色々な世界観が広がり、見ているだけで世界中を旅している感覚になれました。テレビは普段全く見ることができないような、違った世界を映像で伝えることができるメディアではないかと思い、この仕事を目指しました。そもそも子供のころから美術も好きで、趣味で絵を描いたり写真を撮ったりしていたので、美術に関することが好きだったことの延長線上に、いつしか今の仕事につながっているのかともしれません。

和久井大城インタビュー

−学生時代、どのようなことを学ばれましたか。

私の通っていた造形を学ぶ大学は非常にユニークな大学で、「学ぶことの多様性」を感じました。クリエーションをしたいという様々な個性を持つ学生が集まっていました。造形を学ぶ大学と聞くと、ファインアートと呼ばれる絵画や彫刻だけに特化したものでもなければ、商業デザインに特化したものでもない、いろいろなことを学びました。ただ一つ言えることは「美意識を持った人たち」が集まるところだったと思います。

−学生時代培った美意識は、今の仕事にどのように反映されているのでしょうか。

「美しいもの」と考えれば、フィギュアスケートもそうですし、料理ひとつにしても美しく盛り付けることで美意識を感じる、といったように意外にも日常に偏在しているものだと思っています。青空に浮かぶ雲がきれい、など自然にあるものの中にも、美意識は人間の心を豊かにするものだと感じています。「美術」という枠組みにとらわれると、敷居が高く感じられることも多く、正直、美術やその技法に特化した番組の視聴率は、必ずしも高い結果ばかりではありません。でもその美術という枠組みを「美意識」という形で生活全体に広げてゆくと、関心を持つ方も増えるのではないかと考えています。「今日どんな服を着て行こうかな」、「道端の花が綺麗だな」といった些細な意識の感覚を、「美術」の枠組みに入れることができるのだと、この仕事に就いてから感じました。

和久井大城の申請グラフ

−今の仕事をするにあたって、今までの勉強で何か生かされていることはありますでしょうか。

文章を書くことですね。もちろん絵や写真を撮ることも好きだったのですが、詩や日記、行った展覧会についてなど、様々なものを言語化していました。言葉というのは非常に大きな役割を持つもので、企画として考えたことを言語化した上で、メッセージやコンセプトを映像と音楽、そして言葉で伝えていくのがテレビ番組だと考えています。しかし、まだまだ私自身の目標としてブラッシュアップが必要と考えています。今考えれば、漠然とただ文章を書くのではなく、もっと具体的に明文化して書けばよかったなと・・−例えばどのように?展覧会に行ったメモを書く時、ざっくりと見たものを書くのではなく、もっと一つの作品をじっくり見たり、一つの事象に向き合ったりしておけば具体的に書くことができたと思います。これはドキュメンタリーを撮っている時にも同じことが言えます。漫然と撮るだけでは全くシナリオにならないのです。取材に応じてくださる方が何を見て、何を考えて、この行為をしたのかということにしっかり焦点を当てなければ形になりません。なので、もっと色々な物を具体的に見て、言語化する力を養っておけば良かったと感じます。事実を伝える仕事が使命なのですが、あわよくば感動と一緒に伝えたいという、欲張りなこだわりです。

−テレビ番組をはじめとした、メディアの仕事に就く為にもっとも重要なことは何だと考えていらっしゃいますか。

多くの方の声に耳を傾けることですね。やはり、メディアというのは沢山の声を聞いて、それを纏めてお伝えするという仕事でもあるので、耳を傾けないことには始まらないのです。そのためには、言葉というツールが必要で、英語や中国語、フランス語など、どんな言語でも、他国の言語は持っていて損はないでしょう。様々な方の声を聞くための勉強は学生時代のうちに持っておいたほうが良いです。しかし外国語だけが「言語」コミュニケーションの言語ではありません。例えば、昔その土地で使っていた方言が使えると、取材先のご高齢の方々とさらに仲良くなったということもあったので、必ずしも外国語の言語ではないと思います。自分の持つ世界観と違う方とのコミュニケーションに使う言語です。また異国の地でのネットによる情報収集は限界があるので、言葉というツールを使って、直接現地の人から聞くことも必要になります。

和久井大城インタビュー

−今後のテレビ業界のビジョンを教えていただけますか。

現在、映像というものの作り方が大きなうねりを持つ時期です。しかし作り方が変わっても、テレビは新しいものの見方を提示する機関でありたい、そのようなものを作り出すディレクターでありたいと思っています。確かにテレビ業界は斜陽産業のひとつと考えている人もいますし、今後ビジネスモデルとして成立させるのがより難しくなるかもしれません。だからこそ、そのような状況下で、どれだけ新しいものの見方を作っていくかということが勝負になると考えています。私の場合はそれが美術であり、そこに関わる人たちの思いに共感するドキュメンタリーと掛け合わせ、その歴史を掘り下げることで、新しいものを見つけるということを通して、新たな世界観を提示することが大事になると思います。

−岡内さん個人のビジョンを教えていただけますか。

今は、技術の進化において、4K8Kとった高精細な映像のおかげで、どのようなものを撮っても、とにかく鮮明に見える時代になりました。それによって、今までとは違った見方をどのように生み出すことが出来るのかということにチャレンジしたいです。高精細な映像で美術作品をあえて斜めから空間性を意識して撮ることで、固定概念を外して、「美術って本当に綺麗なものなのだな」と心から感動してもらえる番組を作ること。それが結果的に、新しいものの見方を視聴者に提示することに繋がると考えています。

和久井大城インタビュー

−では、仕事やプロジェクトにおいて、成功するための心構えとして重要なことは何だと考えていらっしゃいますか。

諦めないことです。「この映像を絶対取るために諦めない」、「この企画を最後まで通すために諦めない」ということです。特にこの仕事は一筋縄では行かない仕事なので、予算、取材期間、スタッフ編成、旅番組では現地の気候など、現場で判断することも多くあります。その場合、いくつもの代替案を考えています。これがダメなら次はこうするといったように、いくつもの方法を同時に考えて、これが最適解だといえるものを持っておくことが重要だと思います−最後に、メディア業界を目指す私たち学生にメッセージをお願いします。ものづくりは自由だ、考え方は一つではないということです。一つの考え方だけを持っていたら、一つの視点でしか文章を書けず、撮ることも出来ません。しかし、色々な考え方を持つと、その事象が「立体的」に見えるようになり、他の人とは違った視点で映像を撮ることができます。生活していく中で様々な現場に遭遇すると思うのですが、私は去年、たまたまフランスにいた時にノートルダム大聖堂の火災に遭遇しました。現場はもちろん大惨事で、懸命な消火活動が続く中、不思議なことに、地面に落ちたものを拾っている人がいました。「何をしているのだろう」、「なぜ拾っているのだろう」と考えを巡らせると、実は、その人にとってそれは聖なる灰だから集めているということが現地で調べているうちに分かりました。火事という悲劇的な現場の中でも、その人の信仰心が灰を拾うという行動に至らせたのです。このように、常に洞察力を持ち考える力を積み重ねていくことで、事象が立体的に見えてきます。メディア業界を目指す学生の方も、豊かな感性と脳のアンテナを意識して、これまで成し遂げられなかった表現に挑戦してほしいと思います。

記事 木村彩華   写真 瓦井秀和

岡内 秀明 武蔵野美術大学芸術文化学科出身。現在NHKエンタープライズ 情報・文化番組部。